私のアメリカ生活−勉強編③−

留学

コロンビア大学 謎のコミュニティインパクト

通い続けてわかったこと

①コロンビア大学の生徒?らしき人がボランティアで英語を教えている。

②大体はラテン系(南米出身のよう)の人たち。スペイン語で会話している。

③この施設は、日本でいう公民館のような、誰でも使えるコミュニティセンターのようだった。

 

そんな異質な空間に通い続けていた。

 

しかしこのレッスンで最も嫌なことがあった。

なんと曜日ごとに先生が変わる

月曜、火曜、水曜、木曜 4人の別々の先生が担当する。

その4人の先生が教科書を進めていって、ここまで進んだというのを共有して、次の先生にバトンタッチする、といった形だった。

中でも最悪だったのが、先生の質が最悪だった

こんなことを言ったら上から目線と思われるかもしれないが、本当に最悪だったのだ。

水曜日の先生は、黒人のでかめな話し方が上からで、余談が多い。しかも、手を上げて発言しなければ指さない

とまるで小学校の怖い先生を思い出させるような威圧感だった。大人なんだからそこまでしなくてもいいだろうに、、、と思うが、勝手に発言すると超怒った。

しかも携帯電話禁止。これは、多分勉強に集中させるためかもしれないが、今時、重たい紙辞書なんて誰が使うだろうか。

そのせいで、わからない単語があっても、語彙を調べられない、本当にやりづらかった。

勉強しに来てるんだから、遊んでいるやつはほっておけばいいものを、語彙を調べたくて、携帯電話を使うことも許されない、本当にわけのわからない先生だった。

最終的には、全員を立たせて、この例文が思いついた人から、座れ、みたいな強制手段をやったりしていた。

この先生の曜日のときは休もう、とまで思った。

 

木曜日の先生も微妙だった。

その先生はイタリア英語?なまりが強くて、(多分ネイティブじゃない)イタリア人の話す英語だった。

英語の授業に来ているから、せめてネイティブにきて欲しい、と思うところである。

 

先生も最悪、学校の場所も微妙だったが、私が3ヶ月も通い続けられた理由がある。

中国の友達ができたのだ( ^ω^ )

オーペアで友達がいない中で、初めてといってもいい仲の良い友達ができた。

Yちゃん(中国語の発音が全然できなかった)

でも私より3つ上のお姉さんで、彼氏(中国人)がアメリカに来て仕事をしているから、その間の開いた時間に来ているということだった。中国語も私よりはるかに上手で、しっかりしていて、私の愚痴も全て聞いてくれた。

その子と話せる時間は、学校帰りの駅までの時間(それ以外は私たちの合う時間がなく)

だけだったが、唯一の友達で仲良くなった。

 

彼女も、この先生たちのレッスンには飽き飽きしていたが、それでも、やらないよりは、ということで、

一緒に頑張ったのだ。

 

アジア人は私たち2人だけだったので、それもなんとなく、仲良くなりたい理由の一つだったのかもしれない。

(幼少期にドイツの公立学校に行った時も、同じく私は大人の大人しめの女の子と友達になりたかった)

 

3ヶ月の授業を経て私たちは、ついに終わりのセレモニーを迎えることになった。

その時には、他の子たちとも仲良くなり、南米系のおばあちゃんやメキシコの女の子たちとも友達になった。

どうやら南米の人たちの多くは、家族が移住して来ている、もしくはアメリカンドリームを狙ったラティーノたちだった。

そのため、英語が話せないのである。話せない人は、もはや話そうとせずスペイン語ばかり話すので驚く。。。

アメリカはメキシコと隣接している。

たくさんの南米の人たちが、陸を渡って、住み着いている。

中には不法滞在の人もいる。(子供がアメリカで生まれればアメリカ人になれる)その問題はアメリカの現代的な問題である。その辺は、どういう経緯できたのかは聞けなかったが、スペイン語を母国語としている彼女、もしくは彼たちが、英語を話すこの国で、必死に勉強しているのだった。

そんな話はさておき、私たちはコースの終わりになったので、みんなでパーティーを行った。

アメリカでは、コースが終わるとみんなで持ち寄ってお菓子などを食べるのだ。

(左からエジプト人のH、プエルトリコ人のV、中国人のY、私)

最後は、楽しく過ごした数ヶ月だった。

 

しかし次に問題となることが起きる。

なんと、オーペアをクビになってしまったのだ。

これにはいろいろと理由がありw、子供に対して一生懸命行っていたものの、私生活が家族とマッチしなかった。

わたしはそこまで綺麗好きではない、ホストファミリーは、とても綺麗好き

育児を何もしないママに不満をもっていた、その噂がママの耳に入る(多分近所の人に愚痴ったから?)

ニューヨークでのダンス生活を知ってしまい、夜な夜な出かけることが多くなった。

 

まあそんなこんなで、家族とうまくいかなくなってしまったのである。

それについてはまた次回。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

  1. やまみん より:

    お友達が出来たりしてよかったですね!今後の展開が気になりますね!

  2. ribiko より:

    ブログを読んでくださり、ありがとうございます!
    私の当時の友達のいなさといったら、切なかった。。。
    そんな中でのやっとできたYは愚痴など、唯一いろんなことを話せる友達だったんですが、SNS使っていないのか、連絡とれずです。。(泣)いつかまた、会いたいと思っています!